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ジェフ・ニコルズ『ショットガン・ストーリーズ』

映画

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先日鑑賞した『ミッドナイト・スペシャル』('16)が非常によかったので、ジェフ・ニコルズの過去作品を観はじめている。ことしのベルリン映画祭のコンペに出品された『ミッドナイト・スペシャル』の前にはすでに三作の監督作品があり、処女作である『Shotgun Stories』('07)は唯一の日本未公開作品のようだ。PREMIEREに寄稿されていた最新作についての文章を立ち読みしたのだけれど、監督三作目である『MUD -マッド』('12)を除く、この処女作と『テイク・シェルター』('11)と『ミッドナイト・スペシャル』の3つのフィルムを合わせて、監督自身の人生について描いたトリロジーというふうに捉えているらしい。

 

処女作とはいえ、すでに『Shotgun Stories』においてジェフ・ニコルズは、自身の作風を確立しているように思える。舞台は監督自身が生れ育った南部のアルカンザス州にあるちいさな田舎町。

 

幼きころに父は家を捨て、残された母からの愛情どころか憎しみを受けてこの町で育ったSon(マイケル・シャノン)、Boy、Kidの三兄弟は(この名前のふざけっぷりがすでに母のひととなりを示唆している)、養殖業や地元高校のバレーコーチなどでなんとか生計を立てながら、うだつのあだらない生活をしている。「システムが見えそうなのだ」といいながらカジノで金を遣い果たすSonにあきれ果てた妻は、息子とともに母の実家に帰郷してしまい、そのあいだふたりの兄弟たちは家になだれ込み、ひたすらビールを飲みながら頽廃的な暮らしを送る。Sonの背中にはショットガンで撃たれた跡が残っていて、養殖業の同僚たちは、「むかし強盗をやらかしたのではないか」などとこそこそと噂話をしている。

 

ある日、父の死を知らされた兄弟たちは、父の葬式に向かうのだが、そこにはSonたちの家族を捨てたあとにつくった新たな家族たちが悲哀にくれている。Sonは彼らに向かっていう。「彼はいい人間なんかでは決してなかった。あなたたちがどのように思っているかわからないが、これだけは言わなければいけない」。三兄弟はこうして葬式を台無しにし、静かに去ってゆく。

 

このことがきっかけで、同じ父を持つふたつの家族のあいだで啀み合いが勃発する。はじめは単純な言い争いだったはずが、どんどんとエスカレートしてゆき、Boyの可愛がっていたHenryという犬が、相手方の家族が故意に放った毒蛇に殺されてしまう。そのことに逆上したKidは、ひとりで相手の家族に復讐を仕掛け、相手家族の息子ひとりと激しい抗争になり、不幸にもお互いが命を落としてしまう。

 

そのあとも緊張感のなかに二家族は啀み合いを続けるのだが、ある日Boyはひとりで相手の家に向かい、「もうだれも失いたくないんだ」と停戦を持ちかける。そしてそれぞれが普段の日常に徐々に戻ってゆく。結局Sonの背中の銃跡の謎は明かされぬまま、幕が閉じる。

 

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個人的にいちばん好きだったシーンは、人通りのまったくない寂れた街角の道に3人で腰をかけ、ビールを引っ掛けながら訥々とことばを交わす場面だ。「だれもいないな」「まるでこの町が俺らのものになったみたいだ」「もしこの町が俺のものだったとしても、即座に売り払ってるさ」。この圧倒的な気怠さ。アメリカ南部のことはあまり詳しくないけれど、この気怠さというのは地方の田舎町には世界共通の感覚だろうと思う。さしあたって風景もあまり特徴がない。「特徴がない」という共通のコードを持ったグローバリゼーションの影響下にある一側面。

 

落命してしまうすこし前、Kidはひとりの女の子と結婚を考えているんだ、とSonに相談をする。「いまでも奥さんのこと好き?」「ああ、もちろんさ」。自身の貧困のために、ふたりぶんの人生に責任が持てるかわからないんだ、と結婚をどこかで躊躇っているKidに、Sonはこう助言する。「結婚において決めなければいけないのはひとつだけだ。あるひとりの相手を愛するのだ、という決意。あとはなんとでもなる」。そのことばを噛み締めるようにKidは静かに頷く。刹那的な生き方をする頽廃のなかに、わずかに未来への決意を固めた瞬間。いったいなんと尊いのだろうか。

 

 

『Shotgun Stories』は、後半にかけてスリリングな抗争のシーンが控えめに挿入されつつも、全体を通してそうした町で無為に暮らす現代の者たちの肌感覚を見事に描き上げた佳作だった。その肌感覚は、彼らが家族間停戦を宣言したあと、遺されたSonとBoyがふたりで並んで座っているシーンの倦怠において鮮やかに体現されている。あれだけの頽廃を描ききりながら、かったるいけれど仕方ねえなあ、それでも人生は続いてゆくのだ、とでも言わんばかりの爽やかなエンディング。その人生の節目には、確かに未来への決意がなされることだってあるのだ。

 

処女作ということもあって、この作品を観ていて思いだしたのは、ジョージ・ルーカスアメリカン・グラフィティ』である。西海岸のカルフォルニア州に近いModestoという田舎町で六十年代に高校時代を生きた明日への希望に満ち満ちた若者たちと、『Shotgun Stories』の倦怠のなかに生きる三兄弟をはじめとする若者たちは、アメリカという国の二面性を表しているように思えてならない。ただ、どちらの人生においても、若者たちは未来にたいして決意をしなければならない瞬間が訪れるのである。

 

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ところでどうでもいいのだが、マイケル・シャノンの妻を演じていたGlenda Pannellという女優が個人的にとてもタイプだった。調べたらあまり映画には出演していないようで残念。というか、ほかの写真はぜんぜんよくなくて、とにかくこの役が最高だった。この顔で怒られたい。

 

ジェフ・ニコルズ監督には、ことしのカンヌ映画祭のコンペ作品に選出されるのではないかとまことしやかに囁かれている次回作『Loving』の公開が控えている。おそらくアメリカではことしの公開だろう。主演は変わらずマイケル・シャノンが演じるようなのだが、助演俳優にジョエル・エドガートンの名前があがっていて思わず昂奮してしまった。ことし見た『ブラック・スキャンダル』『ミッドナイト・スペシャル』の二作で素晴らしい演技をしていただけに(というよりも、役どころがどんぴしゃなのだ)、次作も非常に楽しみにしている。そしてジョエル・エドガートンの妻を演じるらしいRuth Neggaというアイルランドとエチオピアの血の混ざった女優もまた美人で驚いた。ぼくとしては、アフリカ大陸でもっとも美しい女性の多い国はエチオピアだと勝手に思っているので、彼女が僕のテーゼを証明してくれている。こういうことを話していると止まらないので終わっておく。『テイク・シェルター』『MUD』も近いうちに観るつもりです。

 

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