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FESPACO 2017/アフリカ映画、コンペティション部門の作品たち

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 FESPACO 2017(第25回)の長編フィクション部門の選出作品が発表された。FESPACO とは、ブルキナファソの首都ワガドゥグで二年に一度開催される映画祭 Festival Panafricain du Cinéma de Ouagadougou(ワガドゥグ全アフリカ映画祭)の通称であり、ブラック・アフリカにおいてもっとも大きい映画祭である。

 

 わたしは、2014年9月から2015年3月にかけてブルキナファソに滞在しており、そのあいだ FESPACO で仕事を手伝っていた。もちろん、前回の2015年の映画祭にも参加していて、なるべく仕事をもらわないようにしながら、朝から晩までひたすらアフリカ映画を観続けていたのである(そもそも、会期前の仕事でも応募作品のチェックをする業務に携わっていたので、総計では200本くらいアフリカ映画を見ただろうか)。残念ながら今年は行けそうにないが、50周年となる2019年の次回映画祭は足を運べたらいいなと密かに考えている。

 日本語で記された FESPACO についての情報はほとんど無いに等しく、とりわけ白石顕二さんというアフリカ文化研究者が2005年に亡くなって以来、ほとんどきちんとアフリカ映画の動向を追っている日本人はいないのではないだろうか。わたしは前回ブルキナファソ滞在に際していろいろと調べたりしたのだが、少なくともわたしのリサーチ能力では見つからなかった。したがって、誰の役に立つかは不明だが、先日発表されたコンペの20作品について、以下に簡単な情報をまとめておく。

 

 

« A mile in my shoes » (Saïd Khallaf 監督, モロッコ, 2015)

 本作は、長編監督処女作でありながら、アカデミー賞の外国語部門のモロッコ代表に選出されている。ストリート・キッドとして生きる少年が、社会にたいして復讐を仕掛けていく物語。2015年のタンジェ国内映画祭にて、グランプリ、主演男優賞、主演女優賞の3冠を受賞しているようだ。ちなみに、同映画祭では、わたしが個人的に注目している Hicham Lasri が監督賞をもらっていた。マグレブ諸国の映画製作のレベルは、芸術的観点からいっても、他のアフリカ地域に比していくらか優れているという印象をもっている。

 

« Aisha » (Chande Omar 監督, タンザニア

 長編監督処女作。婚約を果たした女性が生まれ故郷に戻るのだが、いまだに自分のことを想っている初恋の男がいて•••といういかにもアフリカ的な物語。シアトル国際映画祭などをはじめとするいくつかの海外の映画祭にも出品されている模様。YouTubeのトレーラーを見ていたら、途中でキャメラと思しき巨大な機材が映り込んでいて仰天した。本当にこういうことは辞めたほうがいい…。

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« A la recherche du pouvoir perdu » (Mohammed Ahed Bensouda 監督,  モロッコ)

 監督はこれまでいくつかの長編作品を発表しているようで、前作 "Derièrre les portes fermées" はそれなりにモロッコでは評価されている模様。短編・中編も含めれば、長いキャリアになっている。本作は、60を超えた退官軍人の日常をとらえた物語。標題は、プルーストにあやかって「失われた権力を求めて」とある。探索していたら、撮影風景や監督インタビューなどを収めた動画を発見したのだが、すべてアラビア語なのでまったくわからない。

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« Félicité » (アラン・ゴミ監督, セネガル, 2017)

 今映画祭において最注目の作品といっていいだろう。アラン・ゴミ監督の前作 "Aujourd'hui / Tey"('12)は、2013年のFESPACOにて最優秀賞を獲得しており、本作はベルリン映画祭の公式コンペティション部門にも選出されている。事故で大怪我を負った息子を助けるために奔走する母の物語ということだが、特筆すべきは、セネガルではなく、コンゴ民主共和国キンシャサで撮影が行われているということだ(このことは地縁的社会であるアフリカの映画界にとってはひとつの功績といえるのではないか)。アラン・ゴミは、世界的な評価を手にする21世紀のアフリカ映画監督として、アブデラマン・シサコに次ぐ存在になれるか。

 

« Fre » (Kinfe Banbu 監督, エチオピア)

 BILATENA(The Golden Child)という長編作品をすでに撮っているようだが、驚くほど監督の情報が出てこない。唯一、本人と思しきFBが出てきて、最近の投稿でガールフレンドへの愛を表明していた。ほんの個人的な直観にすぎないが、エチオピアの映画界には期待している部分があるので、今後の活躍に期待といったところか。

 

« Frontières » (Appolline Traoré 監督, ブルキナファソ

 アメリカで学士を取得し、LAのインディペンデント映画業界で働いた過去をもつ女性監督。すでにフィルモグラフィには長編短編を含めて8作品ほど数えている。本作は、ダカールからラゴスへと向かうバスに乗り込んだ三人の女性に様々な出来事が降りかかるという話。FESPACOについての監督のインタビュー記事を以前読んだことがある。FESPACOよりもだいぶ悲惨な世界の映画祭に足を運んだことがあるのだが…と彼女は記事で語っているが、一体それはどこなのか知りたい。

 

« Innocent malgré tout » ( Kouamé Jean De Dieu Konan / Kouamé Mathurin Samuel Codjovi 監督, コートジボワール, 2016)

 二十代の若き二人の映画監督の手による長編処女作。本作はすでに、昨夏に開催されたカメルーンの "Ecran noir" という映画祭に出品されているようである。本国では、すでに劇場公開されている模様。予告編を見る限り、アフリカにありがちなサスペンス・スリラーものの娯楽映画といった趣か。

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« L’interprète » (Olivier Meliche Koné 監督, コートジボワール

 まったく情報がない。監督の名前で打ってもなにひとつ出てこない。奥の手のFBでプロフィール検索しても当たらずだった。逆に興味が湧く。

 

« L’orage africain – Un continent sous influence » (シルベストル・アムッスゥ監督, ベナン, 2015)

 日本でも映画祭で紹介されたことのある『アフリカ・パラダイス』の監督である。わたしは残念ながら未見なのだが、『アフリカ・パラダイス』は、すっかり退廃したヨーロッパの難民たちが、「アフリカ合衆国」へと安寧を求めて大挙になって押し寄せるという筋書きの映画で、アイデアはおもしろい。本作も発想はなかなか冴えていて、アフリカの地で開発を進める海外企業やNPOにたいして、アフリカの国民が蜂起し、彼らの権利をすべて奪取するという話。予告篇を見ても、わたしの好みではないが、それなりによくできているように見える。 

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« La forêt du Niolo » (Adama Roamba 監督, ブルキナファソ

 かつて監督はガストン・カボーレなどのアシスタントを務めていたようだ。これまでいくつかの短編/中編は撮ってきているようだが、おそらくは本作が長編処女作。「ニオロの森」と題された本作は、鉱山開発にまつわるひとつの農村の物語。社会性のある主題を扱っている印象はある。

 

« Le gang des Antillais » (Jean Claude Barny 監督, グアダルーペ, 2016)

 唯一のカリブ海地域からの出品(とはいっても撮影はフランスのようだが)。本作はパトリック・シャモワゾーと親交のある Loïc Léry という作家の自伝風小説をもとにつくられており、作家も監修に携わっている。すでにフランスでも劇場公開がされていて、観客のレビューを読んでいるとそれなりの評価を受けている。1970年代のフランスが舞台。アンティーユ諸島からフランスへと移住してきた青年たちは、生活苦から強盗を働くギャングスタに変貌を遂げる、という物語。トレーラーを見る限り、娯楽映画として非常によくできている。 

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« Le puits » (Lotfi Bouchouchi, アルジェリア

 プロデューサーとしていくつか作品を手がけた Lotfi Bouchouchi の監督処女作。アカデミー賞外国語部門のアルジェリア代表に選出されている。アルジェリア独立戦争に際して、反乱軍が潜伏していると睨んだフランス軍がある街を襲撃するというプロット。本作はすでに、マルメ(スウェーデン)で開催されている第6回アラブ映画祭で最優秀監督賞を受賞、国内でもオランの映画祭(FIONA)で監督賞を授与されている。

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« Les Tourments » (Sidali Fettar 監督, アルジェリア

 "Rai"('88)、"Amour interdit"('93)に続いて、三作目の長編監督作品か。本作はすでにアルジェのシネマテークで上映されているらしい。ひとつの家族が、さまざまな苦難を迎えるさまを描く。主人公の長男は、生活苦からテロ組織とつるむようになってしまうとある。果敢にも現地でテロリズムの題材を取り上げている作品は、もっと海外でも紹介されるべきだろう。

 

« Life point » (Brice Achille 監督, カメルーン

 長編作品は監督二作目。もともとはミュージシャンとして映画製作に携わっていたようで、アーティスト奨学生としてベルリナーレなどに呼ばれていることもあったらしい。本作は、自殺願望に取り憑かれた75歳の大学教授が、中央アフリカからの難民の少女に出会う物語。楽しそうな撮影風景の写真が掲載されている

 

« Lilia, une fille tunisienne » (Mohamed Zran 監督, チュニジア

 監督にとって長編六作目か。"Le casseur de pierres"('89)は、カンヌの「ある視点部門」に出品されている。2016年にロンドンで催された世界映画作家国際映画祭には本作が出品され、主演の Abdelkader Ben Said に俳優賞が授けられている。現代的な感性をもつ若い女性を主人公に据えて、チュニジアの女性への社会的抑圧についてを主題として扱っているようだ。

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« Praising the Lord plus one » (Kwaw Ansah 監督, ガーナ, 2013)

 監督の"Heritage Africa"('89)は、1989年の FESPACO で最優秀賞を獲得している。FEPACIやFESPACOの代表も務めたことのあるアフリカ映画界の重鎮の新作(とはいえ製作年は2013年となっており、劇場公開も数年前にされている)がコンペ部門に選出となった。悪徳預言者が信者たちの信仰心につけこみ騙していくという物語。主題としては面白そうなのだが、この撮り方はどうにかならないものか。 

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« The lucky specials » (Rea Rangaka 監督, 南アフリカ, 2016)

 2010年から本国ではキャリアを着実に積んできている監督の新作。プロットを読むと、結核のリスクを周知するための教育的なフィルムであるという。実写とアニメーションを組み合わせてつくったということだが、その内実やいかに。

 

« Thom » (Tahirou Tasséré Ouédraogo 監督, ブルキナファソ, 2014)

 ウエドラオゴという姓は、ワガドゥグを歩けば4人に1人は出くわすほどのものであるが、本作の監督は、何を隠そうアフリカ映画の巨匠、イドリッサ・ウエドラオゴの弟である。2000年に短編でキャリアをスタートし、これまで二度ほど FESPACO にも招待されている。およそ10年ぶりの本作は、ひとりの女をめぐる父親と息子の愛憎劇だそうだが、この40秒のトレーラーの茶番を見る限りでは、正直なところとても期待できない。なぜマイクが入ったままなんだ。 

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« Wulu » (Daouda Coulibaly 監督, マリ, 2016)

 監督にとっては長編処女作。"Wulu"とは、バンバラ語で「犬」を意味するそうだ。青年は、運転手見習いとして何年も勤めあげるのだが、結局仕事は得られず、いつのまにかドラッグのトラフィックを担うグループに巻き込まれてしまうというポリティカル・スリラー。パリの映画祭や、トロント映画祭にも呼ばれている模様。

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« Zin’naariya ! » (Rahmatou Kéïta 監督, ニジェール

 女性監督。もともとジャーナリストとして活動し、いくつかドキュメンタリーを製作した監督にとって、長編フィクション処女作。冬休みに故郷に戻ってきた女学生の物語。彼女は、フランスの大学で出会った青年と婚約しており、その青年も彼女の故郷へと来訪するが、地元の面々の反対に遭い…という筋書き。トロント映画祭にも出品されている。

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 以上、20作品。製作国から見ると、主催のブルキナファソからは最多3作品の選出となり、次点としてコートジボワールアルジェリア、モロッコが2作品ずつとなっている。ほかには、カメルーンニジェール、マリ、グアドループチュニジア、エチオピア、セネガル南アフリカタンザニアからの出品がある。

 

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 アルジェリア、モロッコ、チュニジアというマグレブ地域の諸国は、国内ではさまざまな苦労を抱えてはいるようなのだが、アフリカにおいては映画製作は非常に盛んであり、国際水準で見ても引けを取らない佳作が生み出されているような印象をもっている。実際、わたしは FESPACO の選考業務の際、応募されてくるアフリカ各地の作品を見続けていたのだが、映像のクオリティひとつとっても、マグレブは図抜けていた。2015年のFESPACOで最優秀賞をとったのも、モロッコ人監督の撮った "Fièvre" という作品であった(まったくもって素晴らしい作品だった)。

 ただし、マグレブを〈アフリカ〉と括るのはあまり適切ではないだろう。マグレブは、アフリカというよりも地中海文化であり、アラブ文化圏であり、イスラームの国々である。ブラック・アフリカとマグレブ地域には、確かに共通点はあるものの、相違点のほうが大きい。それでも現地の映画人たちは、おなじ大陸だからと賛意を示す者が多いようなのだが、映画祭の母体がブラック・アフリカにある以上、たとえばこれ以上(今映画祭では、コンペ作品の1/4をマグレブ地域が占めていることになる)存在感が増すと、アフリカ映画祭としてのバランスがおかしくなってしまう。

 

 マグレブ地域よりも存在感を誇っているのは、西アフリカのフランス語圏の諸国である。西アフリカのフランス語圏であるブルキナファソで開催されているということもあって、この地域の作品が多いのは当然ではあるのだが、ラインナップの半分以上を占めているというのは、例年以上の存在感がある。なかでも、セネガルブルキナファソといった映画製作の伝統がある根強くある国々だけではなく、ニジェールやマリ、コートジボワールといった諸国から若い才能が出てきているということの意義は大きい。とはいえ、略歴を見ていると、彼らはそろいもそろって西欧諸国に留学しており、やはりアフリカの土地に留まっているだけでは、世界的に注目されうる映画作家はなかなか出てこないのは事実だ。べつに留学することはネガティヴではなりえないのだが、その過程で土地に根付いているナラティブが失われてしまう可能性がなきにもあらずなのだ。とりわけアフリカという場所は、そのようなことが問題となりやすいという感想をもっている。ここでそのことを考察することはやめておくが、いつかきちんと向き合わなければいけないだろう。

 

 フランス語圏に引き換え、英語圏の作品は少し寂しい印象だ。タンザニア南アフリカ、ガーナ、エチオピアから1作品ずつの計 4 作品のみである。南アフリカやエチオピアの映画事情はなかなか豊穣なようではあるので、前回同様に作品がある。だが、たとえば映画大国であるナイジェリアからの出品はない。また、ポルトガル語圏からも一作品もなかった。実際のところ、全体で見ても英語圏からの応募数は少ない(ポルトガル語圏は制作されている映画の絶対数がわずかである)ゆえに仕方ないことではある。

 

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 映画祭としては、やはりワールド・プレミアの少なさにはいささか気になってしまう。そもそも各作品の情報が公式に発表されないのでわからないが、おそらくわたしのリサーチの結果だと、選出された20本のうち、WPは5本程度に留まる。もちろん、FESPACOにとって、WPばかりを集めることがかならずしもいいわけではない。だが、いまいち映画祭がどこに目を向けているのかがわからないのだ。アフリカの大衆的な観客たちにプライオリティを置きたいのであれば、海外の映画祭で評されているだけのアート系作品は排して、実際に現地で興行されているような娯楽映画を流すべきだろう。アフリカ映画の国際的なプレゼンスの向上を目指すのであれば、中途半端なクオリティの作品は排して、欧米の映画祭にも呼ばれうる質の担保された作品を集めるべきであろう。上層部たちのあいだではすでに方向性は定まっているのかもしれないが、いまの段階では、その二足の草鞋を履いているような印象が拭えない。それは、現場で働いている人間も、あまり共有できていない、というのがわたしの実感だった。

 とはいえ、映画をめぐる状況は、他の地域とは比べものにならないほど芳しくないアフリカ(少なくとも西アフリカ)にとって、このように、同時代のアフリカの作家たちがつくっている新作を一挙に観れるという機会があるだけでも、大いに意義があることは間違いない。そのなかから、世界を驚かせてくれるような、新たな価値観を高い水準で表現することのできる作家が出てくればいい。それがいつになるかは、まったくわからないのだが。

 

 残念ながら今年はいけそうにないが、次回の2019年開催の FESPACO には足を運ぼうかと考えている。もし、今年行かれるという方がいましたら、ぜひわたしの連絡先 immoue@gmail.com までご一報いただけると幸いです。また、2019年の映画祭参加に向けて、なにがしかの東京における企画と絡めたいなとも漠然と考えています。この文章にびびっときた方もまた同様にご連絡ください。アフリカ映画を日本で観ることすらできないという現況は、あまりにも貧しい。

 

(掲載写真はすべて Ouagadougou, Burkina Faso, 2015 撮影)