布団のなかで思い出し笑いをしたいひとのために/「しもきたドリームライブ」

 幾月か前のこと、わたしは、ネットを介して、とある読書会に参加していた。課題本は、フリオ・リャマサーレス『黄色い雨』だった。その読書会の参加者のひとりと、帰りすがらに軽く話をする。かれは漫才が好きで、年間に100本を超える公演に足を運んでいるという。近ごろ気にいっている漫才師は誰かと訊けば、このところ「まんじゅう大帝国」という若いコンビを追いかけていると答えてくれた。

 

 そのときの話がどこかに頭に残っていて、それから暫く経って、眠れない夜に、布団のなかで突如としてまんじゅう大帝国の名をふと思い出した。YouTubeで検索する。YouTubeには3本、音声だけの漫才がアップロードされていた。

 

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 おもしろい。ひとつのボケを、さらなるボケで抱擁してゆくおかしさ。普通の会話に見えながらも、世界観は進行すれば進行するほどズレていく。その崩壊の美学がたまらない(「崩壊の美学」は、『黄色い雨』の帯に書かれていたコピーです)。わたしはさっそくライブに足を運んでみようと思って、すぐさまインターネットを走らせて、公演を見つけたので予約して、そのまま眠りに落ちた。

 

 というわけで、下北沢まで乗り継いで、「しもきたドリームライブ #1」というお笑いライブを観にいってきた。お笑いの公演を見たのは、おそらく人生で二度めである。一度めは、6年前の高校三年生の夏休み(もう6年前!)、友人たちとの大阪旅行に際して、吉本新喜劇を観たときだった。新進気鋭の若手を集めて次々と漫才を披露していくという形式のもので、とてもおもしろかったことだけは記憶に残っているのだが、残念ながら、どのようなグループが出演したということはまったく憶えていない。グループ名も、芸人たちの顔も、なに一つとして思い出すことができない。

 6年も経っているからには、なかにはあれから売れている芸人もいるだろうし、すでにお笑いの世界から足を洗っている芸人もいることだろう。あのころ観た芸人を、いまテレビで見かけたとしても、同定できる自信がない。それはきわめて哀しいことだ。というわけで、わたしのその記憶力に乏しさゆえに、今回の「しもきたドリームライブ #1」でも同様の事態が起こることを防ぐためにも、簡単に記録を残しておこうと思ったのである。永い言い訳(良作)

 

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【ゲスト枠】POISON GIRL BANDチーモンチョーチュウなすなかにしモグライダーヤーレンズ
【キテル枠】トンツカタン/ストレッチーズ/サツマカワRPG/さすらいラビー/ マカロンナイチンゲールダンス/ペコリーノ/ XXCLUB/まんじゅう大帝国
【クル枠☆今回は次世代期待の若手漫才師オーディション!】シマウマフック/スクランブルエッグ/ スイッチヒッター/カカロニ
【今回のドリーム企画】モグライダー芝のテレビ番組みたいな企画が見たい!(北海道・Jさんリクエスト)  

  このシリーズもの企画の第一弾は、K-PROというお笑いライブを月に何十本も企画しているグループが主催しているらしい。K-PROは、東京お笑いシーンでは知らぬものはいないらしい。しかし、知らないことばかりだ。それだけでたのしくなってしまう。

 いやはや、しかし、とてもおもしろかった。お笑いってこんなにおもしろいんだ、とあらためて思った。二時間にわたって、20組近くのグループが次々と登壇するような企画で、わたしは――お目当のまんじゅう大帝国を除くと――ひと組も知らないような状態で臨んだ。開演前は最後まで退屈しないかと恐々としていたのだが、まったくもって杞憂に過ぎなかった。むしろ、20組も新しいグループと一気に出合うことができたことに素直に喜ぶべきであろう。大きな充実感を抱いて劇場をあとにした。

 

 

 いくつか気に入ったグループについて、軽くコメントを残しておく。

 

 軽妙な語りがたまらないヤーレンズ。ネタを披露する前の雑談をしている設定で、えんえんと雑談に花を咲かせたあと、最後に一本だけ短いネタを披露して終わるという形式である。このようにオチが定式化されているのが逆にいい。普通のおしゃべりをしているかのように見えて、いつのまにかそのおしゃべりに引きこまれ、中毒になっている。笑顔で楽しそうに喋っているのがとにかくいい。その空気感に惹かれて、自然に口角がゆるんでいる。

 「とんかつをつくる」というきわめてシンプルなネタを、差異と反復を交えながらドライブしてゆくモグライダー。リーゼントの芝さんのツッコミが冴えわたる。POISON GIRL BANDは、他の出演者たちとも比べてかなり芸歴が長いようだが、その確かなキャリアもあってか、見事にトリを大笑いで飾っていた。王貞治を「和製バレンティン」と呼んでしまうおかしさ。巨人軍ネタは、プロ野球ファンのわたしにとってはバシバシ来た。白雪姫のネタを披露していたチーモンチョーチュウも、はじめは首を傾げそうになったが、いつのまにか素直に笑えた。7人(8人)の小人の下りにいたっては、腹を抱えるのに忙しかった。

 ナイチンゲールダンス。選挙演説ふうの喋りをするキャッチというこの日のネタはそこまでハマらなかったが、そのあとの企画に登壇しているところでも、最後のあいさつの下りでも、あきらかに話がうまい。気になってYouTubeでいくつか動画を見てみたが、彼らは売れるんじゃないだろうか。ひそかに応援したい。

 トンツカタンアキバ系カフェのネタは、緻密につくられている感じがして、すごくよかった。東京03のきわめて正当な嫡子という気がする。さすらいラビー、MCの安定感はすごくよかったし、アメリカンな獣医というネタもおもしろくて、このアメリカンものをシリーズにして、いろいろなバリエーションで見てみたい(すでにヴァリアントはあるのだろうか)。

 

 しかし、なんといってもこの日のMVPは、サツマカワRPGさんに授けたい。

  暗転。照明が点くと、ベビーカーがひとつ、ぽつんとステージ中央に置かれている。舞台袖からおもむろに黄色いシャツに青いチェック柄のジャケットを着た男が入ってくる。ベビーカーに近づいて、「あ、赤ちゃん寝てるんだ。赤ちゃんだ。」といって客席に居直り、「シーッ、小声でできるネタをやりますから」と、ネタをひとつひとつ披露していく。もう既におもしろい。観客が声を出して笑うと、すかさず静かに! と注意を促してくる。小声で。この発想ですでに大きく勝利している。電車で妊婦に席をゆずるネタについては、一生忘れられないくらいにおかしかった。

 妊婦のネタもそうだったが、かれの転校生のネタを聞いたときに、ああ、このひとはおそらく凄惨な過去を背負っているのだな、と直感した。そして、それを笑いの形に昇華することで、過去にたいしてひとつひとつ復讐を仕掛けていっているのかもしれない、と。これはわたしの勝手な憶測に過ぎないのだが、わたしはそのような復讐を心の底から応援したい。バカみたいに売れて、過去バカにしてきた奴らを見返してやってほしいと思う。

 

 

 感想をここまで書いてきて、お笑いについて語ることのむずかしさを思い知った。「おもしろい」「笑った」というふうにしか描写することができず、おのれの語彙の貧困さにただただ嘆くばかりである。しかし同時に思ったのだが、お笑いというのは、あのようなライブでひたすら楽しみ倒し、ただ「楽しかった」という純然たる充実を携え劇場をあとにして、布団に入ってからクスッと思い出し笑いをする、というような付き合いかたがもっとも幸福であり、正しいのではなかろうか。わたしのこのエントリのように、くどくどと御託を並べる必要はまったくないのではなかろうか。

 

 なので、たいていの男は自分が一番おもしろいと思ってるからお笑いを好むのは女性のほうが多いのではないかという仮説についてや、たった1回のライブからですら垣間見えたきびしい実力ありきのお笑いの世界のことや、「視線のずれ」という笑いの根本要素についての現代的考察については深入りせず、最後にそれらをひっくるめしてひとことで要約しておきます。おもしろかったです。