現代海外文学読書会 '19 - '22

 現代日本文学読書会の記録を認めたので、もうひとつの海外文学読書会のことも書き留めておく。2019年4月に何人かの友人知人を誘ってはじめて、コロナ禍による一時中断も挟みながらも、だいたい月に1回のペースで3年ぐらい続けていた。わたしの怠惰もあって30回でいったん打ち切りとなってしまったが、これまでに取り上げた30冊の一覧を整理してみた。「現代」といえるのか躊躇われる向きもあるし、自分のなかではいまだに「海外文学」か「世界文学」なのか決着がついていない。「世界文学」というタームのほうが政治的に正しいのだろうと思いながらも、まだこの語感が生理的にしっくり来ていない。

第 1 回 チョ・ナムジュ『1982年生まれ、キム・ジヨン』(斎藤真理子訳, 筑摩書房, 2018)〔韓国〕
第 2 回 呉明益『自転車泥棒』(天野健太郎訳, 文藝春秋, 2018)〔台湾〕
第 3 回 ウティット・ヘーマムーン『プラータナー: 憑依のポートレート』(福冨渉訳, 河出書房新社, 2019)〔タイ〕
第 4 回 劉慈欣『三体』(立原透耶他訳, 早川書房, 2019)〔中国〕
第 5 回 ビアンカ・ベロヴァー『湖』(阿部賢一訳, 河出書房新社, 2019)〔チェコ
第 6 回 マリー・ンディアイ『三人の逞しい女』(小野正嗣訳, 早川書房, 2019)〔フランス〕
第 7 回 バルガス=リョサ『シンコ・エスキーナス街の罠』(田村さと子訳, 河出書房新社, 2019)〔ペルー〕
第 8 回 ミシェル・ウエルベックセロトニン』(関口涼子訳, 河出書房新社, 2019)〔フランス〕
第 9 回 リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』(木原善彦訳, 新潮社, 2019)〔アメリカ〕
第 10 回 ジャレット・コベック『くたばれインターネット』(浅倉卓弥訳, ele-king books, 2019)〔アメリカ〕
第 11 回 バレリア・ルイセリ『俺の歯の話』(松本健二訳, 白水社, 2019)〔メキシコ〕
第 12 回 佐藤亜紀『バルタザールの遍歴』(角川文庫, 2020)〔日本〕
第 13 回 フリオ・ホセ・オルドバス『天使のいる廃墟』(白川貴子訳, 東京創元社, 2020)〔スペイン〕
第 14 回 アネ・カトリーネ・ボーマン『余生と厭世』(木村由利子訳, 早川書房, 2020)〔デンマーク
第 15 回 閻連科『丁庄の夢』(谷川毅訳, 河出書房新社, 2020)〔中国〕
第 16 回 ベルナルド・アチャガ『アコーディオン弾きの息子』(金子奈美訳, 新潮社, 2020)〔スペイン〕
第 17 回 ローラン・ビネ『言語の七番目の機能』(高橋啓訳, 東京創元社, 2020)〔フランス〕
第 18 回 アフマド・サアダーウィー『バグダードフランケンシュタイン』(柳谷あゆみ訳, 集英社, 2020)〔イラク
第 19 回 クォン・ヨソン『レモン』(橋本智保訳, 河出書房新社, 2020)〔韓国〕
第 20 回 パウリーナ・フローレス『恥さらし』(松本健二訳, 白水社, 2021)〔チリ〕
第 21 回 ベルナルド・カルヴァーリョ『九夜』(宮入亮訳, 水声社, 2020)〔ブラジル〕
第 22 回 カズオ・イシグロ『クララとお日さま』(土屋政雄訳, 早川書房, 2021)〔イギリス〕
第 23 回 クラリッセ・リスペクトル『星の時』(福嶋伸洋訳, 河出書房新社, 2021)〔ブラジル〕
第 24 回 サーシャ・フィリペンコ『理不尽ゲーム』(奈倉有里訳, 集英社, 2021)〔ベラルーシ
第 25 回 ゴンサロ・M・タヴァレス『エルサレム』(木下眞穂訳, 河出書房新社, 2021)〔ポルトガルアンゴラ
第 26 回 ハン・ガン『ギリシャ語の時間』(斎藤真理子訳, 晶文社, 2017)〔韓国〕
第 27 回 アンナ・バーンズ『ミルクマン』(栩木玲子訳, 河出書房新社, 2020)〔北アイルランド
第 28 回 チゴズィエ・オビオマ『小さきものたちのオーケストラ』(粟飯原文子訳, 早川書房, 2021)〔ナイジェリア〕
第 29 回 サリー・ルーニー『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』(山崎まどか訳, 早川書房, 2021)〔アイルランド
第 30 回 ジョゼ・サラマーゴ『誰も死なない日』(雨沢泰訳, 河出書房新社, 2021)〔ポルトガル

 課題図書は新刊を中心に選んでいたが、国や地域のバランスも可能なかぎり配慮して、全体の流れがつくれるように意識していた。いま数えてみると、アジアが8冊、ヨーロッパが13冊、北米が2冊、中南米が5冊、中東とアフリカで1冊ずつ。この案配が、近年における日本の海外文学出版状況と比して不自然ではないか、ひいては「世界文学」の現況に即しているのかどうかはよくわからない。

 南アジアや中央アジア、北欧などの地域からは一冊もない。広大なアフリカをチゴズィエ・オビオマひとりに背負わせるのはあまりに酷だろうし、『バグダードフランケンシュタイン』のイラクが、たとえばレバノンやエジプトやモロッコをも内包するアラビア文学を代表しているとも到底思わない。国や地域のバランスだけを意識して選書していたならばもっと別様の並びになっていたはずだが、何よりもわたしの食指が動いた作品ということで、この30冊になった。やはりそのときどきの関心が反映されている。

 出版社別で数えてみると、いちばん多かったのは河出が10冊、早川が6冊。選書にあたって同じ出版社が続くのはよくないなと考えていたこともあったが、海外文学読みはどう足掻いてもこの二社にはお世話になるほかない。強烈に憶えているのは、閻連科の最新の講演録を追加しただけの『丁庄の夢』の新装版を、コロナ禍に入ってすぐに「パンデミック小説」という惹句で初版よりも高い値付けで売り出していた河出書房。わたしもまんまとその商法に乗っかってしまったわけだが、彼らの商魂逞しさには目を見張る思いだった。

 

 もともとハン・ガンや閻連科、ウエルベックといった作家は愛好していたので、読書会がなくとも読んでいた作品だったはずだが、わたしにとってもっとも印象的だったのは、タヴァレスの『エルサレム』だろうか。この少し前に『ポルトガル短編小説傑作選』に収録されていた「ヴァルザー氏と森」という短編を読んですでに印象づけられていた作家だったが、『エルサレム』に関しては、読書会で何人かの参加者と話していくにつれ、この作品の内包するさらなる可能性に気づかされ、よりひらけた場所へと連れ出されていくという読書会ならではの体験をした。さらなる邦訳が待たれる。

 ほかにも気の入った作品はいくつかあったのだが、個人的には自分の実存を仮託できるような新たな作家の発見に繋がらなかったことが悔やまれる。それ以上に、ほかの参加者たちの満足のいく選書になっているかどうか、いつも一定の緊張を強いられていた。とはいえ月に一冊、目的をもって読書に取り組み、あれやこれやと語り合うのはすこぶる愉しい経験だった。自分でこういう枠組みを作りだしていかないと、生来の怠惰が祟って、なかなか新しい作品に向き合う機会がもてないので、読書会の参加者には本当に感謝しかない。