アリス=紗良・オットさん/モーリス・ラヴェル作曲『ピアノ協奏曲』第2楽章

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 わたしは何年か前に、アリス=紗良・オットさんの弾く La Campanella に恋に落ちていたのだが、ふと久し振りに彼女のことを思い出し、YouTubeでいくつか演奏を聴きにまわった。ARTEで放送されていたらしい、ラヴェルの『ピアノ協奏曲ト長調』が、まったく非の打ち所のない演奏で、ディスプレイの前で感きわまってしまった。

 残念ながら未だドイツ語の聞き取りの能力はほぼゼロなので、どうやら動画内で言っているようなのだが、あらためて調べてみたところ、オーケストラはミュンヘンフィルハーモニーで、指揮者はロリン・マゼールというひとらしかった。2014年に亡くなっているが、2013年の来日公演が最期の公演とある。アリス=紗良・オットさんとのこの演奏は、おそらく2012年9月のものだろうか。

 

 ラヴェルの『ピアノ協奏曲ト長調』は、三つの楽章からなり、テンポの速いせわしない第一楽章と第三楽章に挟まれた形で、重厚な第二楽章がある。この第二楽章の演奏が、まったくもって素晴しい。映像だと12分あたりからはじまる。

 ピアノの美しい旋律の調べから入る。左手の奏でる重厚でゆったりとした6/8拍子の伴奏は、一〇分にも満たない楽章のあいだ、つねに全体を支配している。しばらくのピアノの独創を経て、フルートが大胆に入り、木管楽器が次々とアンサンブルに加わっていく。そのあとに控えめに入っていく弦楽器は、全体を牽引するというよりは、調和を完成するために置かれている。ひとつの盛り上がりを経て、オーボエが旋律を引き継ぎ、左手の伴奏はそのままで、そこから右手のトリルが浮き上がってクライマックスを迎える。

  長いピアノのモノローグのあとにオーケストラが入る瞬間は、まるでその居場所をようやく見つけたかのように感動的である。なかでもわたしが好きなのは、終盤のオーボエが旋律を担っているあいだの、ピアノの右手の自由さである。わたしはそこに、生の謳歌を感じ取ってしまわずにはいられない。しかし一方で、それはいつでも壊れてしまいそうな、儚さでもある。わたしは、稚拙かもしれないが、どうしても妖精がつかのまの木漏れ日を浴びながら、森のなかを飛び回っているような情景を想像してしまう。

 

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  そのあと、ほかの演奏はどうなのだろう、といくつか聴いてみた。中でもウィーンフィルをバックにした、フランスのピアニストであるエレーネ・グリモーの解釈は、音に厚みがあってなかなか気に入ったが、しかし、やはりアリス=紗良・オットさんの演奏のほうが好み。ひとつひとつの音にあたたかさがあって、悲愴感はいくらか影を潜めているような印象。はあ、なんと美しい演奏。なんと美しい作品なんだろう。聴くばかりにため息ばかりが出る。

 

 アリス=紗良・オットさんの演奏を聴くために、今年の頭には台北に行こうとしていたのだが、残念ながらそれは叶わなかった。公演のスケジュールを見ていると、秋にもまた来日するらしい。東京はサントリー・ホール。チェコフィルハーモニー、指揮はイルジー・ビエロフラーヴェクで、ベートーヴェンの『ピアノ協奏曲第5番』。さほど好きな曲ではなかったが、あらためて録音を聞くと、アリス=紗良・オットさんの演奏であれば、という気もしてくる(どうやら惚れ込んでしまっているらしい)。しかし、東京の公演、チケットがやたらと高いということはどうにかならないものか……。クラシックについては、金銭的な理由でさまざまな機会を逸しつづけている。ついこのあいだ読んだ平野啓一郎の『マチネの終わりに』に感化されたからか、クラシックのコンサートに出会いにゆくということに、必要以上に意味を見出している(失笑)。

 

 ところで、映像の中で、アリス=紗良・オットさんがドイツ語で喋っているところがあるのだが、今回あらためてそのことに惚れ惚れとしてしまった。流暢なドイツ語で話し倒すアリス=紗良・オットさん。はあ。