阪神タイガースの暗黒時代

 日本全国の阪神ファンは、待ちに待った2022年のプロ野球開幕からのあまりに酷たらしい二週間をどのような心境で過ごしているのだろう。セ・リーグ記録の開幕9連敗を経て、西の完封勝利で辛うじて1勝を挙げて連敗記録を止めるも、翌日の試合では「あと1球」で勝利がするりと逃げ、そこからまた勝ちが遠ざかってしまった。1勝10敗1分の借金9で、ダントツの最下位。阪神タイガースセ・リーグの借金を一身に引き受けている。弱い。あまりにも弱い。

 

 わたしはいま、甲子園の広島東洋カープとの試合を観戦しながらこの文章を書いている。コロナ陽性者続出で急きょ中止となった一昨日のDeNA戦で先発を予定していた秋山がスライド登板。秋山はここ数年、カープを得意にしていることもあって、DeNA戦の中止はどちらかといえば阪神に有利に働くのではと見られていた。しかしいざ蓋を開けてみれば秋山は3回6失点で早々に降板。3回表は無死満塁のピンチをつくり、なんとか二死まで漕ぎ着けたものの、ピッチャーの森下に走者一掃のタイムリスリーベースでノック・アウト。きょうも負けそうになっている。

 

 阪神タイガースをめぐる開幕前の下馬評はけっして悪いものではなかった。昨シーズンは最終戦までヤクルトスワローズと優勝を競り合い、惜しくも二位に着けたチームである。守護神のスアレス退団は大きな痛手ではあったが、そのほかに主要戦力が流出したわけでもなく、比較的平均年齢も若いチームなこともあって、今年もまた優勝争いに絡むのではという見立てが優勢だったような気がするし、当然、わたしもそのように期待していた。昨シーズン後半に極度の不振に陥った佐藤輝明が一皮剥けて球界を背負うような不動の4番として君臨、それに負けじと大山が張り合い、マルテと近本がいつもどおりの働きをして、さらに小幡あたりが芽を出せば、打線の迫力は十分。青柳、西、秋山、ガンケル、伊藤将司、高橋遥人、藤浪と、先発ローテは十二球団を見渡してもかなり充実しているし(10勝経験者が5人もいる)、ここ10年くらいは中継ぎの駒にもあまり困った記憶がない。今シーズンのセ・リーグはとくに混戦するといわれていたものの、そのなかで阪神タイガースは十分に優勝を狙えるだけの戦力をもっていたはずだった。オープン戦でも若手とベテランが投打でバランスよく活躍を見せて2位でフィニッシュ。満を辞して迎えた開幕だったわけである。

 

 しかし、この12試合は⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚪︎⚫︎△。いまから振り返ると、開幕投手に内定していた青柳のコロナ感染が大きな痛手だったように思えてならない。開幕数日前に青柳の陽性が判明して抹消、二戦目に先発予定だった藤浪が代役として指名され、急きょ二年連続の開幕投手を務めることになる。例によって高橋遥人は手術によって出遅れ(いったいいつになったらハルトが年間のローテを守り切る年を見ることができるのか?)、ガンケルも腰の張りで開幕ローテには間に合わず。安泰と思われていた先発ローテから2人が欠け、オープン戦で好投していたドラフト3位ルーキーの桐敷と、近年リリーフとして活躍が期待されていた小川が繰り上げで開幕カードの二枚の先発を務めることになった。

 もはや遥かむかしの出来事にも思えるが、開幕戦は7回ぐらいまでは絶頂のうちにいた。打線がおもしろいように繋がって、4回終了時点では8−1の7点差の大幅リード。代役登板の藤浪は7回3失点で、十分に仕事を果たしたといっていいと思う。しかし8回に登板した斎藤友貴哉が打ち込まれ、代わった岩崎もヤクルト打線の勢いを抑えきれずに1点差まで追い上げられる。9回は抑えとして登板した新外国人ケラーがまさかの2本のホームランを浴びて3失点、終わってみれば8−10の逆転負け。開幕戦で7点差を逆転されるのはプロ野球史上初のことだったという。

 スポーツにたらればは禁物だが、青柳がそのまま開幕投手を務めていたとしたら、あの8回は斎藤ではなく小川が登板していたはずだろう。多少追い上げられていた可能性はあったものの、そうすればケラーも1点差の痺れる状況下の登板とはならず、そのまま点差を守り切って開幕戦は白星を挙げられていたのではないか。屈辱的な逆転負けの戦犯となったケラーは、その悪いイメージを引きずったまま3日後の広島戦でも抑えとして登板し、あえなく打ち込まれて逆転サヨナラ負け。ケラーは抹消となった。

 

 当然、青柳のコロナ感染は責められるべきではない。青柳が投げていたとしても、阪神タイガースは同じような状況にあったかもしれない。だが青柳の開幕抹消はひとつの歯車を狂わせたきっかけのひとつだった。野球はナマモノである。この二週間、野手陣もまったく打てないわけではなく、好投した投手もいたわけだが、ここぞというときに1本が出ず、ここぞというときに守りきれず、記録的な9連敗も含めた1勝10敗1分。ツキがない。勝てそうな気配がない。この雰囲気は弱小チームのそれである。

 この12試合でとりわけ絶望したのは、冒頭に触れた今シーズン初勝利の翌日の、伊藤将司プロ野球初完封勝利未遂のDeNA戦だろう。1−0で迎えた9回表、球場には「あと一球」コールが響くなか、伊藤将司は牧に打たれて土壇場で同点に追いつかれる。投手陣は延長でも辛うじて粘りを見せていたが、12回に登板した斎藤友貴哉がまたしても打ち込まれ、そのまま緊張の糸がぷつりと途切れたようにずるずると5失点。わたしもあの試合の模様は中継で見ていたが、最終回の球場の様子は異様だった。次々と阪神ファンが帰宅の準備をはじめ、投げやりにスマホのライトを照らして審判から注意される始末。流血騒ぎで甲子園に救急車が出動したという報道まであったほどだ。

 

 さて、広島東洋カープとの試合をぼんやりと眺めながら、自分の気持を鎮めるためにもこの文章を書いていたのだが、そのあいだに佐藤輝明のソロホームランが飛び出すも(初回のチャンスで打って欲しかった!)、さらに3点を奪われ1−9の8点ビハインドで7回終了。きょうもだめそうだなあ。つらいなあ。つらいんだけど、もはやつらいという感情も湧かないほど何かが壊れてしまっている。虚無のまなざしで中継を眺めている。虚無に襲われたあまり、この記事のタイトルに「暗黒時代」という大それたことばを当ててしまったほどである。暗黒時代に突入しつつあるかもしれない球団のファンとして、わたしたちは何を楽しみに試合を見ればいいんでしょうか? わたしがプロ野球を再び観はじめるようになってから8年ぐらい、阪神タイガースがここまで落ちぶれたことはなかったので(2019年の開幕直後もつらかったが)、どのように気持を保てばいいのかわかりません。弱音ばかり吐いてしまった。